2022年10月3日開催

SMA 新生児スクリーニングの重要性と
栃木県での取り組み

お話し

自治医科大学小児科学 主任教授

山形 崇倫 先生

聞き手

一般社団法人 日本スクリーニング研究所 代表理事
くまもと江津湖療育医療センター総院長

遠藤 文夫 先生

自治医科大学小児科で長年にわたり小児神経疾患の診断・治療、特に先進的な遺伝子治療などの臨床応用に大きな貢献をされてきた山形崇倫先生に、今年4月に栃木県で始まった脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy :SMA)、免疫不全症(immunodeficiency:ID)に対する拡大新生児スクリーニングへの取り組みの現状や今後の展開についてSMAを中心にお話を伺いました。
Theme folder
脊髄性筋萎縮症(SMA)について
遠藤 まず、小児神経系疾患のひとつである脊髄性筋萎縮症(SMA)について少し解説をお願いします。
山形 SMAは第5染色体の5q13上にあるSMN1(survival motor neuron)遺伝子の変異(主に欠失)によって、脊髄前角運動神経細胞が変性し細胞死を起こしていく常染色体劣性遺伝疾患で、筋肉に対する指令が出ずに筋委縮や筋力低下が急速に進行していきます(図-1)。
昔はその診断も遅れることが多く、また治療法がなく人工呼吸器で寝たきりといった厳しい状況を余儀なくされていました。ところが近年、いくつかの画期的な治療法が開発されてきました。
Theme folder
発症時期と重症度
遠藤 発症時期と重症度の関係を教えてください。
山形 Ⅰ型からⅣ型まであり一番多いのは重症のⅠ型です(図-2)。
Ⅰ型は生後数週間から数ヵ月で筋力・筋緊張が低下し、舌や手の筋でみられやすい線維束性収縮(fasticulation)、体幹・近位筋中心の筋力低下が発症し、徐々に遠位部、脳神経核も障害、呼吸機能低下、シーソー様呼吸、ベル型胸郭、嚥下、咀嚼、発声も低下し、死に至ります。0~6ヵ月齢に発症し、お座り(座位)ができず、その後寝たきりとなります。
Ⅱ型は7~18ヵ月、Ⅲ型は18ヵ月以降、Ⅳ型が成人に発症します。
Theme folder
重症度とSMN2遺伝子のコピー数の関係
遠藤 重症度は残存するSMN2遺伝子のコピー数と関係しますね。
山形 そうです。重症度はSMN2遺伝子のコピー数におおまかに依存します(図-2)。
SMN2遺伝子は隣にあるSMN1遺伝子と塩基配列が同じで、1塩基変異によりエクソン7がスプライスで外され、正常な蛋白を作れない状態になっていますが、10%程度は正常な蛋白(完全長SMN蛋白)が発現しています。この正常蛋白のコピー数が多ければ症状は緩徐になります。Ⅰ型はコピー数が2~3。Ⅱ型は3、Ⅲ・Ⅳ型はそれ以上のコピー数となります(図-3)。
Theme folder
症状の経過と運動ニューロンの減少
遠藤 症状はどのように経過していきますか。
山形 Ⅰ型SMAにおける運動ニューロンの減少と臨床経過をみてみます。
生後間もなくから神経細胞は減少していきます。生後半年だと1割も残らない状態になり寝たきりとなり呼吸補助が必要になります。Ⅱ型ではもう少し進行が緩徐ですが、1歳半には1割も残らない状態になります。
神経細胞の機能が落ちてやがて細胞死になると治療は手遅れとなります。ですから神経細胞が残っている時期、できれば生後直後からできるだけ早く治療を開始する必要があります。
Theme folder
最近のSMA治療の進歩について
遠藤 最近、新しい治療法がいくつか出てきました。どういう治療法があるか簡単に教えてください。
山形 近年、最初に承認されたのはヌシネルセン(スピンラザ®)です。核酸医薬品アンチセンスオリゴ(antisense oligonucleotide:ASO)という小さなRNAです。これはSMN2遺伝子で外されたエクソン7を復活させるように作用し、完全長SMN蛋白を増加させて機能を回復させるように作用します。投与方法は髄注で、乳児の場合初回投与後、2週、4週及び9週に投与し、以降4ヵ月の間隔で投与を行います。一生涯投与します。今年、生後すぐの無症状での投与が認められました。
次に承認されたのがオナセムノゲンアベパルボベック(ゾルゲンスマ®)です。遺伝子治療薬で正常なSMN蛋白を発現する遺伝子を組み込んだAAV(アデノ随伴ウイルス)9ベクターを静注にて1回投与し、脊髄前角細胞に正常な遺伝子を導入し運動神経機能を回復させます。静注で生涯効果があるという点では使いやすい治療薬です。
副作用としては肝障害、血小板減少などがみられますが、通常は問題になりません。しかし、重症になり血漿交換などが必要となることがあります。2歳までに治療しなければなりません。
それと最近承認されたのが経口薬のリスジプラム(エブリスディ®)という低分子化物です。
これはSMA患者のSMN2遺伝子で起きるエクソン7のスキッピングを正常化し、完全長SMN蛋白を増加させると考えられています。生後2ヵ月以降の治療が認められています。経口投与であり患者への負担が少ないことが特徴です。
遠藤 リスジプラム(エブリスディ®)の投与は普及していますか?
山形 正確にはわかりませんが日本全国で数十人程度は投与していると思います。髄注の負担が大きい特に年齢が高い方への投与が多いようです。
Theme folder
遺伝子治療の持続性について
遠藤 山形先生はSMA以外にも小児神経疾患などに遺伝子治療を行っておられますが、AAVベクターによる遺伝子治療の効果の持続性はどうでしょうか。
山形 小児神経難病の芳香族Lアミノ酸脱炭酸酵素(AADC)欠損症の遺伝子治療では投与5年後でも投与半年あるいは2年後と同様なタンパクの発現が得られています。
オナセムノゲンアベパルボベック(ゾルゲンスマ®)に最初に治験参加された患者さんはすでに10年近く経過していますが、効果が落ちてきたという報告はありません。
Theme folder
SMAはいつ治療を開始すべきか
遠藤 SMAにおける神経細胞の減少ということを考慮すれば、いつ頃治療を開始すべきでしょうか。
山形 運動ニューロンがほぼ残存している生後すぐの時期がベストだと思います。
まれに生まれた時から動けない0型という患者がいますが、その場合は胎児投与しかありません。
図-4は発症前で2-3週から1ヵ月半までに遺伝子治療を開始したSMA患者の粗大運動発達経過を見たデータです。右図はⅠ型軽症からⅡ型の患者(SMN2が3コピー)で、ほぼ全例で正常発達レベルに入っています。左図はⅠ型重症の患者(SMN2が2コピー)で、正常発達もみますが、生後1ヵ月位で治療して正常レベルに達しない場合もみられます。
Theme folder
SMN2が4コピー以上のⅢ型・Ⅳ型(成人型)などの対応
遠藤 重症なほど生後すぐに投与すべきということですね。成人型などの対応について教えてください。
山形 成人型、特に4コピーの場合が課題でした。4コピーはⅢ型あるいはⅣ型(成人型)で、Ⅱ型に近い幼児期発症の方もいれば、成人になって発症する方もいます。
こうした場合、いつ治療を開始すべきかが問題となります。発症まで待つか、新生児期にみつかった場合に早くから治療するか、という議論があります。
現在ではこうした場合でも、幼児期に発症することもあり、新生児期に治療した方が副作用が少ないという観点から新生児から治療した方がいいという考え方も出てきています。新生児期に治療した方が、肝機能障害や血小板減少も軽度である可能性も考えられています。
5コピー以上は成人型ですが、PCRの感度の問題などがありコピー4と区別するのがむずかしいため、こちらも早期から治療することは否定できないと考えられています。
Theme folder
SMA治療開始時期と治療効果
遠藤 新生児スクリーニングが普及すれば、早期治療の効果と重要性がよりあきらかになるでしょうね。
山形 そうですね。いずれにせよ、治療は早い方がいいことは間違いないでしょう。
図-5はSMA治療開始時期と治療効果をみたものです。
1のタイミングで生後まもなく治療開始した場合はほぼ正常発達になりますが、2のタイミングではお座りまで、3のタイミングでは寝たきりや呼吸器などと治療効果は若干の改善か状況の維持程度になり、大きな効果は期待できません。
Theme folder
小児神経分野における新生児スクリーニングへの取り組み
遠藤 小児神経内科の専門家の間では、SMAの治療には新生児スクリーニングをすべきだというコンセンサスはあると考えてよいでしょうか。
山形 そうですね。いま小児神経学会のワーキンググループでスクリーニングに対する提言をまとめているところで、陽性がみつかった場合の診断・治療の手引き・ガイドラインを作成中です。近々公開できると思います。
Theme folder
栃木県におけるSMA、IDの新生児スクリーニングの実施状況
遠藤 山形先生の自治医科大学を含む栃木県は、比較的早く新生児スクリーニングを開始した地域でもあります。しかもSMAとIDを同時に開始しました。
山形 はいそのとおりです。SMAとID両方をスクリーニングできるキットがありそれを栃木県で採用しました。IDは最近、ロタウイルスなどに対する生ワクチンで重症化することが問題視されており、早期発見して骨髄移植やガンマグロブリン補充などの治療を行うことが望ましいとされています。それが採用の理由です。
Theme folder
拡大スクリーニング検査導入の経過
遠藤 栃木県での拡大新生児スクリーニング検査導入の経過を教えていただけますか。
山形 スクリーニング検査導入の経過を表-1にまとめました。
2020年6月、SMAとSCID両方をスクリーニングすべきという実施要望書を提出し県の担当者へ説明しましたが、当初は他県でも実施例がないということで実施しないとの回答を受けました。
そこで県保健衛生事業団に相談し協力を依頼したところ、マススクリーニングを実施している団体でもあり事業団としても実施したいということで準備をすぐに開始することになりました。
2020年10月、現行のマススクリーニング用ろ紙血の使用許可を得るため県マスクリーニング検討委員会で県側に要望書を提出し使用許可を得ることができました。
自治医科大学、獨協医科大学、宇都宮済生会病院などと連携して実施準備を行い、自治医科大学で倫理委員会承認申請、日本小児先進治療協議会の支援(1年間)申請を行いました。
2021年7月に栃木県産婦人科医会会長に協力依頼し、産婦人科学会栃木県地方会等で説明し県内全産科施設に協力を依頼、倫理申請同意依頼を行いました。
幸いなことに産婦人科医会会長も非常に協力的で熱心に対応していただき、2022年2月に全産科の承認を取得できました。
そして、4月1日から拡大新生児スクリーニングを開始しました。
Theme folder
拡大新生児スクリーニングのこれまでの経過(8/17時点)
遠藤 実施後の状況を教えてください。
山形 栃木県の年間出生数は約1万人です。8月17日時点で検査実施人数3,750件、要再検査依頼4件、要精密検査3件、SMA診断は1件(0.08%)でした(表-2)。
SMA陽性例には生後14日で陽性連絡し、その当日に受診されすぐ精密検して1週間で治療できる準備を整えました。コピー数は3でした。ただ抗AAV9抗体陽性のためヌシネルセンの治療を開始しました。
抗AAV9抗体は2割程度で陽性です。この患者さんでは抗体価が200倍以上でしたが、フォローしており4ヵ月後の現在は25倍まで下がってきており、もうしばらくして遺伝子治療を実施できると考えています。
遠藤 この患者さんはスクリーニングをスタートした後でお生まれになって本当によかったですね。少しでも遅れていたら、治療の開始は確実に遅れていたでしょう。
日本小児先進治療協議会の支援は1年間でしたね。それ以降はどのような計画をお持ちですか。
山形 県に対しては継続する方向でお願いを続けています。県議会の、生活保健福祉委員会、予算特別委員会委員と連携して県の予算化を依頼し、前向きに検討するとの回答を得ています。それが承認されれば、2023年4月からは、栃木県保健衛生事業団の事業として継続予定です。県議会では予算の申請をしたと聞いています。県の支援がなければ有料で実施することになります。
Theme folder
小児神経疾患における今後の拡大スクリーニングの在り方(まとめ)
遠藤 県民の要望がはっきりしていれば公費で実施できるかもしれません。
小児神経疾患でも今後、新しい治療法が確立されてくることが予想されています。
現状として、どういう疾患で新生児スクリーニングを含む治療に注力していけばいいとお考えですか。
山形 早期診断・早期治療という点ではSMAは重要な疾患だと思います。AADC欠損症、あとはポンぺ病などライソゾーム病を中心とした神経疾患、副腎白質ジストロフィー(ALD)などでしょうか。IDを含めこのあたりは早期診断治療を急ぐ緊急性がある疾患です。
他のライソゾーム病はその後に続く疾患群と考えています。多くの疾患をスクリーニングで網羅すれば予算的に厳しくなります。そういった意味で、緊急性の高いSMAやIDは公費で対応できればと考えています。他の疾患は、当面は自費での実施もやむを得ないと思いますが、いい方法を模索していかなけらばならないと思います。
遠藤 SMAを含む拡大新生児スクリーニングが、栃木県で現在、成功裡に進んでいることは大変すばらしく、実施いていない他県でも大いに参考になると思います。この事業の益々の発展を今後とも期待しております。今日はありがとうございました。