2022年5月9日開催

新生児スクリーニングの
重要性と東京都の展開

お話し

東京慈恵会医科大学小児科学講座 主任教授

大石 公彦 先生

(公財)東京都予防医学協会小児スクリーニング科

石毛 信之 先生

聞き手

一般社団法人 日本スクリーニング研究所 代表理事
くまもと江津湖療育医療センター総院長

遠藤 文夫 先生

ニューヨークのマウントサイナイ病院で小児科及び臨床遺伝専門医として、先天代謝異常症の診療や研究、そして新生児スクリーニングの実務に20年以上携わってきた大石公彦先生、長年日本の中心地東京でスクリーニング研究に携わってきた石毛信之先生に、アメリカの新生児スクリーニングの現状を含め、日本、特に東京都で拡大スクリーニングをどう対処すべきか今後の課題をお話しいただきたいと思います。
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新生児マススクリーニングの日本の現状とアメリカとの違い
遠藤 新生児マススクリーニングに興味を持ってくださる医療関係者はまだ少ない印象があります。ただ、ここ5年位で、今井耕輔先生がAMED-PID-NBS研究班(今井班)として、AMEDから助成を受けてSCID(severe combined immunodeficiency:重症複合免疫不全症)のスクリーニング研究を開始されたり、今まで新生児マススクリーニングにあまり関与していなかった先生方がSMA(spinal muscular atrophy:脊髄性筋萎縮症)にも対応するような動きが起きています。
今後、拡大スクリーニングを含めどのように取り組んでいくか、全国的にも注目されているところだと思います。大石先生にアメリカとの違いを含め現状の分析をお願いしたいと思います。
大石 アメリカでは、医療に関することの裁量権がそれぞれの州に与えられています。
自分はアメリカで小児科のレジデントと臨床遺伝学のフェローシップを終えたのち、先天代謝異常疾患や遺伝性疾患の診療に携わるようになりました。そして、新生児マススクリーニングやそれに関連する疾患の治療に強い興味を持っていきました。
日本に戻り新生児マススクリーニングの現状をみていくと、いくつかの違いがわかってきました。
私が勤務していたアメリカのニューヨーク州では、新生児マススクリーニングは州の法律で新生児全員が参加するという決まりができています。参加しないことを選択した両親は「optout」のサインをしなければならないということになります。スクリーニングで異常値を持った新生児の精査やフォローアップする拠点病院が、地域毎に決められています。
そして、スクリーニングのサンプルで異常値が出た場合、状況に応じて「小児科主治医に連絡して再検査を依頼すべきか」、「どの拠点病院の誰に報告するか」、「誰が患者さんにアプローチして、どこで精査するのか」、などのシステムを構築して対応しています。
同時に、精査を受けた患者が「疑われていた疾患を実際に持っていたのか」、「実際の診断はどのようなものであったのか」、「フォローアップの必要性などの転帰はどうであったか」などの各拠点病院での最終的な検査結果を含めた報告を州の検査機関であるWadsworth Centerに行うというシステムが構築されています。
それらの結果を検討し、スクリーン検査のカットオフ値を見直し、スクリーン検査の精度を向上させるような対策もしています。異常値が認められた場合にはすべてのケースに対して、必ず「転帰報告して終わる」という流れです。「転帰がわからないままにはしない」ようにしているわけです。また、付随した事項として、ニューヨーク州では、定められた倫理的な手続きをしていれば、集めた検体を新しい検査法の開発や法医学的な検査に使用することも可能になっており、ろ紙血も27年間保存することなどが定められています。
先日、石毛先生とお話した機会に、日本では新生児スクリーニングで陽性であった患者が本当に病気だったのか否だったのかを、公式に追跡できていないということを知りました。
そのために、一度スクリーニングに組み入れた疾患のスクリーニング方法の精度などの管理にも改善点があるのではないかと感じました。そのような点も踏まえて、50以上の疾患を早期から開始しているニューヨーク州でのスクリーニングシステムから学ぶことは多かったです。
遠藤 ありがとうございます。「転帰報告して終わる」ということは大切ですね。
大石 また、私自身が実感していることは、医療費の使い方に対する概念が日本では異なることです。
日本では予防的医療に関しての医療費が保険収載されないこともあるようです。例えば、家族性の乳がんや卵巣がんに関連するBRCA1/2 遺伝子変異を持っている方やその近親者への対応にも温度差があります。
新生児マススクリーニングによって、全体として将来的にかかる医療費が減る可能性もあると考えています。新規の治療で高くなるということはあるかもしれませんが、命を救うことにより将来的な生産年齢人口を少しでも増加させる効果にも貢献できるのではないかと期待もしています。また、それぞれの疾患の早期治療が可能になることにより、合併症の軽減やそれに係る医療費の削減にもつながると思います。そういう視点からも、新生児マススクリーニングの検査費用などが公的負担として進められることに意義があるのではないでしょうか。
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法整備された新生児マススクリーニング検査は予防医学上の3本柱の1つ
遠藤 石毛先生は我が国の新生児マススクリーニング事業に長年携わってこられました。公的スクリーニングと地域スクリーニングの発展に重要なことはどのような点でしょうか?
石毛 新生児マススクリーニングの位置づけについてご説明します。新生児マススクリーニング検査は乳幼児健診、予防接種と並び予防医学上の3本柱の1つです。早く見つけて治療することにより、障害の原因となる疾病の発症を予防することがその目的です。
そのことが前提となり、新生児マスクリーニングは公益性が非常に高い事業であり、日本国内では検査実施主体は都道府県47と政令指定都市20、検査費用は実施主体負担となっています。
対象疾患は地域で異なります。日本では2017年から20疾患(CPT2欠損症追加の課長通知)、英国では2015年から9疾患、アメリカでは州ごとに多様で、21世紀以降対象疾患が増加しています。
日本においては、マススクリーニング自体は厚労省の課長通知という形でしたが、2018年12月8日に成育基本法が可決成立し、その中で「成育過程にある者および妊産婦に対する健康検査または健康診断の適切な実施」が明記されました。さらに令和3年2月9日に「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的は方針について」が閣議決定され、その中に「新生児へのマススクリーニング検査の実施」がしっかりと明記されました。
今後はこれらの法律に基づいて新生児マススクリーニングに関する施策が行われる必要があるということになります。これから課題となる疾患についても整備されていくことになると期待しています。
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意外と知られていない新生児マススクリーニングの構成要素
石毛 新生児スクリーニング構成要素は、検査そのものだけではなく、表-1のようにスクリーニング、フォローアップ、評価と改善、教育と広報までを含みます。これらは保護者、医師医療関係者の多くの方々に関連する要素であり、今以上により周知してもらいたい内容です。
-新生児マススクリーニングは検査だけではない-
構成要素 内容
スクリーニング
  • 説明と同意の取得、採血
  • 適切な検査法とカットオフ値の決定、検査の実施、精度管理判定、検査結果報告
フォローアップ
(短期・長期)
  • 再採血対象児の速やかな2回目採血と検査の実施
  • 精密検査対象児の速やかな受診と診断
  • 治療方針の決定、治療の開始、長期管理、予後調査
評価と改善
  • スクリーニングシステム評価と改善による質の向上
  • 患者・家族・社会の利益とスクリーニング費用の適正度の評価
教育と広報
  • 妊婦、患者と家族、一般市民、関連医療関係者を対象とした教育
  • 新生児スクリーニングの重要性の認知度の向上
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新生児マススクリーニングの連携体制とそれに伴う情報共有・連絡協議会運用の重要性
遠藤 新生児マススクリーニングでは関係各所との連携が必要ですね。
石毛 実施主体の自治体、検査機関、代謝異常専門治療機関、産科医療機関との連携体制が重要となります(図-1)。そして情報の共有と連絡協議会の運用が不可欠となります。東京都でもこれを実践しています。
連絡協議会の目的は、本事業のさらなる発展のために、事業の実績の共有、運用上の課題を協議、追跡調査について協議により、自治体、医療機関、検査機関のより緊密な連携体制の確立することです。
それでこれらは全国どこで受検しても均質な信頼性の高い検査でなければなりません。そのためには精度保証の重要性が必要となります。
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新生児マススクリーニングの精度保証の重要性
石毛 新生児スクリーニングにおける精度保証については検査前のプロセス、検査のプロセス、検査後のプロセスに分けられます(図-2)。これらは厚労省などからの助言・提言を受け、連絡協議会から評価・改善の指示を受けて精度保証をブラッシュアップしていきます。
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新生児マススクリーニングの現行の精度管理事業の流れとこれからの流れ
石毛 現行の新生児マススクリーニング精度管理実施体制ではタンデムマス普及協会が自治体から受託して、精度管理事業(外部精度管理業務、内部精度管理支援、コンサルテーション)を行っています。
これらの事業に対しNBS精度管理合同委員会が年数回行われ結果の評価を行っています。また、コンサルテーションについてはTMSコンサル全体会合を行っています。
今後は、日本マススクリーニング学会が一般社団法人になったため、タンデムマス普及協会にかわって受託・実施主体となる予定です(図-3)。
以上のような取り組みによって、我々はスクリーニングを進める上で、地域との連係、つまり、自治体、医療機関、検査機関との連携が必要であり、しっかりやるためには法整備も含め精度管理を構築していく必要があるということになります。
遠藤 わかりやすく整理してまとめていただきありがとうございました。
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東京の新生児マススクリーニング連絡協議会
遠藤 新生児マススクリーニングの発展には地域の連絡協議会がしっかりしていることは、とても大事なことだともいます。この点についていかがでしょうか。
石毛 東京都ではスクリーニングを開始して40年以上経過しています。過去には連絡協議会を設置しないブランクの時期がありましたが、令和の時代に入って動き出しまして、最近第3回会議が行われました。連絡協議会の代表議長は東京女子医科大学名誉教授、杉原茂孝先生にお願いしております。
遠藤 大石先生も参加されましたか。
大石 去年、帰国後の連絡協議会から参加しています。そこで、東京都の状況を学ぶことができました。その時に、スクリーニングでの陽性症例の転機を検査機関である東京都予防医学協会が追跡できていないということに気が付きました。先ほど話したアメリカとの違いの部分ですね。それで対策となるシステムを作りましょうということを提案したところです。
遠藤 今後の発展に期待します。
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関連する検査センター間の情報交換・共有も重要
遠藤 新しい疾患の拡大スクリーニング項目に対する研究を進めていく場合、実施している検査センター間でも情報交換・共有を進めていくことが課題でしょうか?
石毛 従来疾患や拡大スクリーニングでは検査キットを使って測定していますが、リアルタイムPCR で測定するSCIDやSMAなどの一部の検査キットでは、内部精度管理用のろ紙血すらないというのが現状です。
検査結果はでてきますが、アッセイの状況や長期的データなどをどのように評価をしていくかで不安要素がたくさんあります。そこで、日本マススクリーニング学会の会議で仙台市立病院臨床検査科の大浦敏博先生からご指示を受けて、日本マススクリーニング学会技術部会内で拡大スクリーニング検査体制整備のためのワーキンググループをこれから立ち上げる所です。
遠藤 対応できる検査施設は限られていますので、ワーキンググループができることは素晴らしいですね。
石毛 ろ紙血を作る場合、DNAを扱う方法ではその配列によってある方法では測定値がでて、別の方法では測定できないといった問題もあり、そういった問題をどう克服するかをメーカーと協力しながら進めていく必要があると考えています。
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東京都で想定される拡大スクリーニング対象疾患
遠藤 いま熊本、千葉、兵庫、新潟が先行して地域スクリーニングとして新しい拡大スクリーニングが始まっています。東京都では今後、地域スクリーニングとして進めていく場合、どのような対象疾患で検討すべきでしょうか。SMA、SCIDなどが優先でしょうか。
大石 ニューヨークでの経験からいえば、 米国での対象疾患リスト「Recommended Uniform Screening Panel (RUSP)」に掲載されているSCID、SMA、Pompe病、MPSⅠ型などは考慮すべきだと考えます。
ライソゾーム病(LSD)ではPompe病やMPSⅠ型は入っていますが、他にどこまでやるかは十分な検討が必要だと思います。ニューヨークでは大分前からKrabbe病がスクリーニングされていますが、患者家族の活動が導入のきっかけになったケースのようです。治療法は造血幹細胞移植ですが、スクリーニング対象疾患として難しい面もあります
石毛 東京都の拡大スクリーニング研究は、今年度は試験研究ですが、来年度の検査実施をターゲットとしていく予定です。我々の検査施設でもSMA、SCIDなどが優先と考え、そのために設備の拡充が必要と考えています。
現在別のろ紙血を使っているのを公的スクリーニングと同じろ紙血が使用できるように東京都とも議論を進めたいところです。それまでは公費NBSとは別の採血ろ紙を使用した有料のスクリーニングとしてスタートする予定です。
対象疾患は、SCID、SMA、Pompe病、Fabry病(男児のみ)、MPSⅠ型、Ⅱ型を予定しています。
遠藤 日本でもRUSPを参考に考える方向ですね。あとPCR検査でできるSMA、SCIDあたりを優先するという考えだと思います。
Pompe病は酵素補充療法などの治療法はありますが、発症頻度はかなり低い傾向です。MPSⅠ、Ⅱ型以外のLSDでは、将来治療法が出てくれば考慮するということになるのでしょう。ニューヨークではSMAのスクリーニングは既に開始していますか?
大石 2018年からスタートしています。州都Albany にある州政府の検査機関 Wadsworth Centerに送付された新生児の血液検体で、他の疾患と共にスクリーニングされています。
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拡大スクリーニングを通しての目標(まとめ)
遠藤 今後のスクリーニングの在り方について最後に一言お願いします。
大石 東京都の場合、行政としっかり議論ができる体制を整える必要があります。そういう意味でそれぞれの立場の人たちの間でのコミュニケーションは重要です。それともう一つ気を付けなければいけないのは、希少疾患に対しての新たな治療法の開発などにはお金がかかるということです。利益相反のことなどもよく考えながら、しっかりと進めていかなければいけないと考えます。それぞれがフェアに公共の利益のためにしっかり頑張っていこうという意識を持つことが大切だと考えます。
石毛 検査室の立ち場として、拡大スクリーニングを進めていき、母子の健康を推進していきたいと思います。
遠藤 大石先生、石毛先生ありがとうございました。