東北大学小児科で長年にわたり先天代謝異常症の診療・治療、また新生児マススクリーニングの普及に尽力されてきた、仙台市立病院臨床検査科、大浦敏博先生に拡大新生児マススクリーニングについて、これまでの経緯や現状、今後の課題についてお聞きしました。大浦敏博先生は日本小児科学会治療用ミルク安定供給委員会の前委員長で、特殊ミルクの安定供給についての啓発活動にも尽力されています。
新生児マススクリーニング事業の考え方について
遠藤 大浦先生は我が国の新生児マススクリーニング事業の在り方について多方面で長年尽力されてきたと思います。この新生児マスククリーニング事業を考える上で重要なことをまず教えてください。
大浦 初めに使用する図表は東北大学小児科代謝グループの和田陽一先生と一緒に作成したことをお断りしておきます。
新生児マススクリーニング事業は国策による公衆衛生事業であるということが基本にあります。現在は一般財源化されて地方自治体の財源が利用されていますが、基本的には国の事業です。しかも、小児に対する予防医学の三大事業の1つ、すなわち乳幼児健診、予防接種、と並ぶ重要な事業です。
つまり、新生児マススクリーニング事業は、国策による「子どもの成育段階に起こる障がい発生の予防事業」ということになります。
厚生労働科学研究の研究代表者の島根大学医学部小児科特任教授、山口 清次先生がまとめられた「タンデムマス導入による新生児マススクリーニング体制の整備と質的向上に関する研究」でも言及されていますが、マススクリーニングの本来の趣旨から好ましくない状況というのがいくつかあります。例えば、検査を受けたい人だけ受ける、経済的に許される人だけ受ける、タンデムマスなどの新しい情報を知っている人だけが受けるといった事例です。こうした状況は防ぐ必要があります(図-1)。
拡大スクリーニングについての考え方
遠藤 いま進められている拡大スクリーニングについての基本的な考え方を教えてください。
大浦 東北地方における拡大スクリーニングですが、後述しますが他地域に比べてやや遅れている感はあります。結論から言えば、拡大スクリーニングも将来的には公的スクリーニングとして推進すべきと考えています(図-2)。
その理由はまず、こどもたちに対して平等にスクリーニングを受けられる機会を提供したいということがあります。また、新生児マススクリーニング(NBS)の国策としての立ち位置は変わりなく、むしろ推進されています。
これは、政府が「成育基本法」(2018年12月成立)の規程に基づき、「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」を令和3(2021)年2月9日に閣議決定しましたが、その中に「新生児へのマススクリーニング検査の実施により先天性代謝異常等を早期に発見し、その後の治療や生活指導等につなげるなど先天性代謝異常等への対応を推進する」と明記されていることに基づきます。各所で説明する際には、まずこの方針を説明するようにしています。
遠藤 確かに自治体もこの閣議決定を知らない方が意外と多いですね。
拡大スクリーニングの進め方
遠藤 拡大スクリーニングについての進め方を教えてください。
大浦 具体的に拡大スクリーニングをどのように進めていくかですが、今までタンデムマスを導入する際には、厚生労働科学研究班(山口班)が行っていたように研究費を使って試験研究としてパイロットスクリーニングを行ってきました。しかし、現在ではそうした研究費の予算はなく、事業として保護者負担(有償)でやるしかないのが現状です(図-3)。
ただその場合でも、現行の公的スクリーニングに組み込める疾患かフローか、有償化で対応するにしてもご家族の負担を抑えられるかどうか、また、ある時点で、有効性を評価する必要があると考えています。
海外の拡大スクリーニングについて
遠藤 海外の拡大スクリーニングについて少しお話をお願いします。
大浦 米国では対象疾患リスト「Recommended Uniform Screening Panel (RUSP)」を選定しています。比較的先進的であり、拡大スクリーニングについては、SCID(severe combined immunodeficiency:重症複合免疫不全症)、SMA(spinal muscular atrophy:脊髄性筋萎縮症)、Pompe病、MPSⅠ(mucopolysaccharidosis type 1:ムコ多糖症Ⅰ型)、X-ALD(X-linked adrenoleukodystrophy:X連鎖性副腎白質ジストロフィー)などが導入されていますが、全米50州によってまた疾患によって導入率に差があります(図-4)。
英国は保守的かつ慎重な対応で対象は9疾患で、ライソゾーム病などの拡大スクリーニングはなく、先天性副腎過形成症もその9疾患には含まれていません。
欧州でみるとSCIDはドイツを含む7か国でスクリーニングが事業化され、6か国でパイロットスクリーニングが実施中です。SMAは5か国でパイロットスクリーニングが実施されています。
台湾ではNewborn Screening Centerが中心となり、無償で行う指定項目と有料で行う自選項目に分かれています。指定項目は21疾患で、日本とほぼ同じです。自選項目は拡大スクリーニングの対象となる先天代謝異常症が多く選定されています。台湾は世界で最もスクリーニングが進んでいるといえます。
遠藤 台湾は特殊で、検査機関が3つしかなく、相互にそして自由にスクリーニングを行っているそうです。
拡大スクリーニングに組み入れるべき先天代謝異常症
遠藤 拡大スクリーニングにどのような疾患を組み入れるべきかお聞かせください。
大浦 ここからは私の個人的見解を述べさせていただきます。WHOではスクリーニングのあるべき姿として1968年にWilson and Jungner classic screening criteriaを、またその改訂版をAnne Andermannらが2007年に発表しています。これらを基に、先天代謝異常症の拡大スクリーニングについて検討してみました。
ここではSCID、SMAはその優先順位の条件を満たしているとして省略し、主なライソゾーム病を中心に検証してみました(表-1)。
|
Pompe病 |
MPS Ⅰ |
MPS Ⅱ |
Fabry病 |
重大な健康上の問題がある |
◎ |
◎ |
◎ |
○∼◎ |
早期発見が難しい |
◎ |
◎ |
◎ |
◎ |
RUSP Recommendation |
◎ |
◎ |
- |
- |
誰を治療すべきかの コンセンサスが定まっている |
△∼○ IOPDは早期ERT 遅発型は? |
△∼○ 重症型はHSCT 軽症型は? |
△∼○ 軽症型は? |
△∼○ 未発症者は? 何歳から? |
精度の良い検査法がある |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり 女性は? |
有効で許容できる 治療法がある |
△∼○ ERTは高額 |
△∼○ ERTは高額 HSCT CNSに有効か? |
△∼○? ERTは高額 HSCT CNSに有効か? |
△∼○ ERTなどは高額 |
診断や治療の 経済的バランスがとれている |
△∼○ |
△∼○ |
△ |
△∼○ |
参加者や社会における メリット・デメリット |
△∼○ |
△∼○ |
△ |
△∼○ |
|
X-ALD |
Gaucher病 |
MPS ⅣA |
MPS Ⅵ |
重大な健康上の問題がある |
◎ |
◎ |
◎ |
◎ |
早期発見が難しい |
◎ |
◎ |
◎ |
◎ |
RUSP Recommendation |
◎ |
- |
- |
- |
誰を治療すべきかの コンセンサスが定まっている |
○ 大脳病変が出れば
HSCT |
△∼○ |
△∼○ |
△∼○ |
精度の良い検査法がある |
△ 病型予測は不可 |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり |
△∼○ 病型予測が 困難な場合あり |
有効で許容できる 治療法がある |
○ |
△ ERTなどは高額 CNSに有効な 治療が無い |
×∼△ ERTは高額 |
×∼△ ERTは高額 |
診断や治療の 経済的バランスがとれている |
○ |
×∼○ |
× |
× |
参加者や社会における メリット・デメリット |
△∼○ 発症するまで 検査が続く |
△∼○ |
×∼△ |
×∼△ |
Pompe病
乳児型(IOPD)は早期に酵素補充療法(ERT)が必須で、NBSの対象である。病型予測が困難な場合がある(特に遅発型)。
MPSⅠ
重症例では早期の造血幹細胞移植(HSCT)が有効で、中枢神経機能(CNS)が保たれているうちに実施すべき。HSCT前のDQ/IQが85以上で実施すれば、10歳時点のDQ/IQが維持される報告あり。効果は劣るがERT治療も選択される。一方、病型が多く予測が困難な場合がある。どの程度の重症度で治療を選択し開始するかコンセンサスが十分ではない。
MPSⅡ
日本で患者数が多い。ERTあるいはHSCTが行われるが、CNS障害には効果がない。新しい中枢移行型のERTの評価が待たれる。
Fabry病
早期発見がむずかしく、診断時には臓器障害が進んでいる場合が多い。NBSでみつけるのは良いことではある。ただし、女児の患者をどうするか。検査において偽陽性や偽陰性の問題もある。NBSで発見してもすぐ治療しないケースもある。NBSに組み込む場合、女児は対象から除くなどの対応が必要と個人的には考えている。
X-ALD
NBSで発見されて大脳病変が出現すればすぐにHSCT治療を行う。治療のタイミングが難しい。カウンセリングも必要。女児の場合はNBSで見つかっても治療対象とならない。
Gaucher病
Ⅰ型は比較的軽症で治療は早急でなくても間に合う。Ⅱ型は乳児期に発症するがERTの中枢神経への効果はない。今のところNBSの対象にはなりにくいと考えている。今後、CNSにも効果のあるシャペロンなどの新治療がでてくれば検討する。
MPS ⅣA・Ⅵ
ERTなどの治療薬があるが、骨病変に対する効果は少なく、現状ではNBSの対象にはなりづらいと考えている。
拡大スクリーニングの課題と展望
遠藤 拡大スクリーニングにどのように対応するべきか、その課題をお聞かせください。
大浦 現状における拡大スクリーニングについての課題をまとめると次の4点に集約されます(表-2)。
遠藤 ライソゾーム病では確かに治療後の長期予後については、不明な点が多いと思います。
大浦 ERTは確かに画期的治療法で評価されてきましたが、その長期予後について、あるいは治療適否については十分な議論がされていないといえるでしょう。
Kishnaniらが2007年に報告したPompe病乳児型(IOPD)ではERTによって2歳での生存率は100%と報告され、ERTはepoch-makingでした。しかし、その後のHahnらの2019年の報告では亡くなっている方や人工呼吸器使用の方が多くなっています。成人期に達した患者では粗大運動機能の低下や骨格筋などの筋力低下が進行しています。こうした患者や遅発型(LOPD)への治療をどうするかは今後の課題といえます。
MPSⅡでも新しいERTが登場しています。パビナフスアルファは静注で髄内に移行するとされ、投与後髄液中のへパラン硫酸が低下します。髄注によるERT製剤(ヒュンタラーゼ🄬)では同様に髄液中のヘパラン硫酸が低下し、ある程度の精神機能の発達がみられるとされています。この2製剤を使ってCNSの長期予後が改善するか、今後の検証が待たれます。
東北地区における拡大スクリーニングの現状
遠藤 東北地区での拡大スクリーニングについての現状を教えてください。
大浦 国内の拡大新生児スクリーニングの実施状況をみると、14の実施主体ですでに開始されています。現在、宮城県は大阪府と同様にSCID、SMAのみの実施です。
ところで東北6県での出生数は1980年に約13万人でしたが、2020年には5万人を切っています。2015年から2020年5年間の減少率は21.09%でした(全国平均16.39%)。東北地区の少子化は全国と比べても顕著となっています。
つまり、自治体ごとに拡大スクリーニングを実施しようとしても、患者さんは集まらないわけです。そこで、東北6県で何か所かにまとめて実施することが賢明かと考えています。
現在、秋田県・岩手県は(公財)岩手県予防医学協会(出生数1.1万人)、宮城県・仙台市・山形県・青森県は(一財)宮城県公衆衛生協会(出生数2.8万人)、福島県は(公財)福島県保健衛生協会(出生数1.1万人)が新生児マススクリーニングの実施機関となっています。
東北地区における拡大スクリーニングで重要なこと
遠藤 出生率が少ないため、効率的に動く必要がありますね。拡大スクリーニングをさらに広げて実施していく上で重要なことは何でしょうか。
大浦 とにかく重要なことは“地域連携”です(図-5)。
今後も新規治療薬の開発が進むと思われます。スクリーニング対象疾患は多領域にわたって拡大していく可能性があります。
さらに、少子化の進行により疾患毎の患者数は減少していくと予想され、特に先天代謝異常症などの希少疾患では顕著です。
その一方で、医療の発展によってさらに質の高い診療が求められています。
精密検査、確定診断や除外診断など、また、新規薬剤を含めた治療方針の決定、遺伝カウンセリングの実施、患者レジストリの実施などです。これらは、1つの自治体で解決するのはむずかしい案件といえます。
オプショナルスクリーニングを機に、東北地域での連携を強化できると考えています。遠藤先生が九州で実施されてきたコンソーシアムを東北でも立ち上げて取り組むのがよいと考えています。
拡大スクリーニングについてのまとめ
遠藤 大浦先生の個人的見解のまとめとして、拡大スクリーニングの対象となる疾患やそれらに付随する注意点などを総括していただけますか。
大浦 拡大スクリーニングとしては、RUSPに推奨されている疾患が妥当と考えています。図-6の黄色い部分、すなわち、対象疾患としてはSCID、SMA、Pompe病、MPSⅠ、X-ALDを優先し、さらに診療体制、予算面で可能であればMPSⅡ、Fabry病を考慮するという考えです。Gaucher病に関しても、中枢神経系に効果のある薬剤が開発されれば対象になると考えます。
東北地区では、各県単体ではコストがかかるので、複数の県でまとめてやることで検査料を下げることができます。有償化で対応する場合でもご家族の負担を極力抑えられるかどうか、なるべくコストを下げられるように努力すべきと考えています
遠藤 拡大スクリーニングでは、長期予後も考慮しないといけないし、新しい治療法の開発やそれに伴う医療経済的な側面も見逃せません。イギリスがスクリーニングを増やさないのはそうした背景もあるのだと思います。
大浦 ただ、疾患が見つかれば遅かれ早かれ新規の治療法を用いて治療を開始することになりますから、拡大スクリーニングをできるだけ早く実施して、発症前に診断していくという意義はあると思います。
遠藤 東北地区で今後効率的に拡大スクリーニングを開始し、疾患の早期診断・治療につなげていく道を大浦先生が切り開いていかれることを大いに期待しています。本日は貴重なお話をありがとうございました。