2020年5月に、千葉県で脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)の新生児スクリーニングが開始されたのに続き、2021年2月から兵庫県・神戸市で、神戸大学の飯島一誠先生、兵庫医科大学の竹島泰弘先生のチームが、SMAとライソゾーム病、重症複合免疫不全症の新生児スクリーニングを開始しました。
実施開始までに行政機関との折衝や従来のタンデムマス法によるスクリーニングのろ紙血の使用許可、産科施設への協力のお願い、妊婦の方への啓発活動など、多くの難題一つ一つ解決して実施へと至っておられます。そこで、今回は兵庫医科大学小児科学 主任教授 竹島泰弘先生、および講師・外来医長 李 知子先生に、兵庫県におけるSMAのスクリーニング開始の経緯や現状についてお聞きしました。

兵庫県における新生児スクリーニングの実際について(参加施設、方法など)
遠藤 兵庫県で2月から拡大新生児スクリーニングが開始されました。まず、どういう疾患でスタートしたのでしょうか?
竹島 対象疾患は脊髄性筋萎縮症(SMA)、重症複合免疫不全症(SCID)、ゴーシェ病、ファブリー病、ポンぺ病、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型の7疾患で、拡大新生児スクリーニングを開始しています。
参加施設に関しては、総合周産期母子医療センターなど年間分娩数が500を超える大きな病院(表1)などで、全体の3-4割の出生数をカバーするところからスタートし、最終的には県内の全産科施設で実施予定です。
遠藤 新しく設立された一般社団法人兵庫小児先進医療協議会、産科施設、検査施設などの協力で開始されたわけですね。
竹島 一般社団法人の事務局は神戸大学医学部の小児科内にあります。代表は神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野 教授の飯島一誠先生で、准教授の粟野宏之先生が中心になって、参加施設との契約を結んでスタートしています。
遠藤 ろ紙血検体の移送も開始したと聞きました。有料検査だと思いますが、検査費用はどの位ですか?
竹島 一部研究費の補助金がありますが、7疾患7700円で実施しています。

SMAなどの疾患が発見された場合の診療体制
遠藤 兵庫県では検体をいったん、自治体の検査施設(スクリーニングセンター)に集約して、その検体の一部を検査会社に直接に送って解析するという独自のいわば「兵庫方式」を採用されています(図1)。その方式を進める上での課題はありましたか?
竹島 我々の拡大新生児スクリーニングには神戸市と兵庫県の二つの自治体が関与していますが、それぞれの検査施設の取り組みが前向きでした。また、遺伝子検査が含まれているため、内注が難しく、外注した方がスムーズに進むということで、そうした方法を採用しました。
遠藤 今回実施した対象疾患の中で、SMAについて伺います。SMA陽性者が発見された場合、どのような診療体制の下で対応していくことになりますか?
李 兵庫県の場合、人口も多く、参加施設も日本海から瀬戸内海まで広範囲になりますので様々な施設に精査機関としてご協力をいただいています。SMAに関しては陽性になった場合、自治体の検査施設から検体を採取した周産期施設に結果を一旦お返しします。その際に、精査機関(神戸大学病院、兵庫医科大学病院、公立豊岡病院組合立豊岡病院)(図2)へすぐに紹介していただくよう記載した案内文書を同封してお返しすることになっています。陽性例には、3つの精査機関のいずれかで迅速な初期対応ができるよう準備を整えています。特に神戸大学と兵庫医科大学ではSMAの診療経験が豊富なため、的確な治療法を選択できますし、また同時に遺伝カウンセリングをしてご家族のお気持ちにも配慮しながら治療を進めるように考えています。

SMAの治療とカウンセリング体制
遠藤 SMAの診療に精通した神経筋疾患の専門家、遺伝カウンセリングの専門家が協力してSMAの新生児スクリーニングを実施しているのは兵庫県の特徴だともいます。「兵庫方式」を含め、ほかの県や地域にも大いに参考になると思います。
李 竹島先生も私も小児科と遺伝子医療部に所属していますので、遺伝カウンセリング全般も行います。
遠藤 陽性者が出てきた場合、いつ遺伝カウンセリングを行い、いつから治療開始するか教えてください。
竹島 SMAに関しては、再検査はせずに即精査にして、最短で診断に至るよう、できるだけ時間をとらないようにしています。
治療効果は、より早期に治療を開始する方が高いことが報告されていますので、1ヵ月以内で治療開始するのを目標としています。実際に見つかった場合どこが律速段階になるかはこれから検討していく予定です。
李 今まではSMAの症状が出てから患者様やご家族が受診されていました。今後スクリーニングでみつかる場合、症状がほとんどみられない状態の時に、遺伝子治療などを考えていくことになりますから、ご家族の戸惑いはより一層大きいことが予想されます。治療対応を進めていくのと同時並行で遺伝カウンセリングを実施することになると思いますが、どのように説明していくべきかをよく考えているところです。

兵庫医科大学病院で実施されたアンケート調査について
遠藤 ところで、李先生が昨年、SMAについてのアンケート調査をされたと伺いました。わが国ではじめての研究だと思いますが、その貴重なデータの概略を少し教えてください。
李 2019年の日本マススクリーニング学会で、患者会の方が「新生児スクリーニング検査で陽性になった時の家族の思い」を発表されていました。
SMAに対して日本でも新生児スクリーニングが導入されつつありますが、実際に検査を受ける側の一般の保護者がどのように考えているのかを知る必要があると思い、調査をしました。
私たちが一般のお父さん、お母さんを対象として行ったアンケート調査では、約半数がSMAという病気について全く知らないと答え、さらに、SMAに最近新しい治療法ができたことについてはほとんどの方が全く知らなかったと答えていました。SMAという疾患は一般の保護者にはほとんど知られていないという現状がわかりました。一方、95%以上の保護者が新生児期にSMAを見つけるスクリーニング検査があるのであれば自分の子どもに受けさせたい、と返答し、スクリーニングには積極的であることがわかりました。スクリーニングの費用については、値段に関わらず受けたいと考える保護者もいれば、無料の場合だけ受けたい、という保護者もいて、費用についての考え方は様々でした。スクリーニングを受けさせたい理由としては、早く診断した方がいいからや、治療法があるから、などでした。ごく少数でしたがスクリーニングを希望しない方もおられ、その理由はかえって不安になりそうだから、などでした。
一般の保護者の多くはSMAについてあまり知らないながらもスクリーニング自体には積極的ということがわかりました。SMA新生児スクリーニングを開始するにあたっては、一般の保護者の方に疾患やスクリーニングについての情報をきちんと伝え、十分に理解してスクリーニングを受けてもらうように、保護者への啓発活動が必要になってくると感じました。また、費用をどうするかなどについてもしっかり考えていかないといけないと思っています。まとめますと以下の様になります。
- 保護者はSMAの新生児スクリーニングに積極的
- SMAに対する知識は少なくほとんど知らない
- SMAの十分な啓発が重要で、その上で判断してもらえるようなシステムが必要
遠藤 大変わかりやすいデータですね。ありがとうございます。他の地域でもアンケートをやってほしいですね。

スクリーニングの今後の展開について
遠藤 今後、兵庫県ではスクリーニングをどのような計画で進めていく予定ですか?また、SMAに関する説明用パンフレットはお産にいらした時に配っていますか?
李 今は妊婦検診の時にもお渡しするようにしています。産科の先生としては、前もって渡しておきたいとお考えのようです。
竹島 スクリーニングに参加しているのは現在16施設ですが、1年後には全施設で実施できればと考えています。
遠藤 千葉県、兵庫県、熊本県、大阪府でSMAの新生児スクリーニングがスタートしています。今後、全国的なデータの集約などの課題があると思いますが、日本小児神経学会としての動きはありますか?
竹島 SCIDでは日本免疫不全・自己炎症学会(JSIAD)が後ろ盾となって活動を展開しています。SMAに関しても、そのような動きになることが望ましいと、個人的には考えています。
遠藤 それとやはり、生ワクチンの問題などでSCIDに対するスクリーニングが社会的重要性を増していると思います。SCID+SMAというセットで受け入れられていく可能性もあります。また、実務者である産婦人科の先生方にもっとご理解をいただけるような協力体制を作ることも大切だと考えています。
竹島 兵庫県の産婦人科学会と神戸市の産婦人科医会には、助産師会も含め、1年以上前にうかがって、理事会で承認を受けています。産婦人科学会から地域の産婦人科に拡大スクリーニングの情報を発信してもらいスタートしています。
遠藤 李先生、竹島先生、最後にご意見いただきたく存じます。
李 SMAのスクリーニングについて、小児科と成人の神経内科の先生とでは感じ方が違う部分もあるかもしれません。
小児科では、日に日に悪化するような重症なSMA患者さんを診療することが多いので、スクリーニングによる早期発見早期治療の必要性を強く感じます。一方、神経内科の先生は、成人発症のⅣ型を多くみられているかと思いますので少し状況が異なるかもしれません。しかし、新生児スクリーニングを実施すればⅣ型のSMAが見つかってくるわけです。Ⅳ型の患者様は成人以降は神経内科の先生が中心になってフォローしていただくと思いますので、SMAの新生児スクリーニングについて将来的には神経内科の先生とも連携していく必要があると考えています。
遠藤 スクリーニング以後の診療のことを考えれば、成人を含めたSMAの臨床を総合的に把握していくことも重要ですね。
竹島先生、李先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。