重症複合免疫不全症(severe combined immunodeficiency:SCID)は、T細胞の分化障害が原因となり、細胞性免疫や液性免疫が障害される疾患です。生後数ヵ月から肺炎などの重症感染症、中耳炎、慢性下痢、体重増加不良などを呈する重症疾患です。できるだけ早期に発見し、臍帯血移植などをしなければ助かりません。
また、最近、ロタウイルスなどに対する生ワクチンの投与が始まり、SCIDを含む原発性免疫不全症(primary immunodeficiency:PID)に対する副作用発現の懸念が指摘されています。そのためには新生児スクリーニングを実施し、SCIDなどを早期発見することが重要とされています(表1)。
今回は長年、SCIDの研究を続けている、東京医科歯科大学小児科、茨城県小児・周産期地域医療学講座准教授の今井耕輔先生に、SCIDおよびそのスクリーニングについてのこれまでの経緯や現状についてお聞きしました。
SCID研究の経緯について
遠藤 SCIDを研究するきっかけを教えてください。
今井 2001~2004年まで、フランス国立衛生医学研究所(ネッケル小児病院内)、発生病態免疫学研究部門の 特任研究員としてパリに留学していました。
B細胞のクラススイッチ機構の欠陥により抗体ができなくなる疾患、高IgM症候群の研究を行っていたのですが、その検査にSCIDの患者さんが紛れ込むことがよくありました。つまり、SCIDを見分ける方法を知る必要があったわけです。
自分は25年以上前からSCIDの患者様の治療を経験しており、移植をしないと治らないことは理解していました。移植をして助けたという思いはずっと持ち続けていました。
留学した研究所がちょうどその頃、SCIDの遺伝子治療を成功させたというニュースもあって、SCIDの治療についてはずっと注目していたわけです。
そして、2004年、パリのある学会のポスターで、カルフォルニア大学のJennifer Puck先生らのグループがTREC(T cell receptor excision circles)によるSCIDを判別する方法を発表していたのを目撃しました。これが新生児スクリーニングに使えるのではないかという契機となりました。
遠藤 ネッケル小児病院小児免疫科で研究のきっかけが得られて帰国された。その後SCIDの類縁疾患を含むハイリスクスクリーニングやマススクリーニングの研究も、その頃に同時にスタートしたわけですね。
今井 そうです。最初からマススクリーニングを念頭に置いてスタートしました。
2004年に戻り、防衛医科大学校小児科に赴任しました。それで、防衛医科大学小児科の野々山恵章先生から島根大学の山口清次先生に相談していただき、島根大学のろ紙血を研究に使用させていただくことができました。また平行して防衛医大の新生児や全国のハイリスクの患者様のろ紙血も集めて、TRECを使ってSCIDの判定の探索を実施していき、新生児ろ紙血によるTREC定量法がSCIDのマススクリーニングへの応用が可能であることを2009年に論文化しました。
TREC・KREC検査の原理について
遠藤 かなり先進的な研究ですね。TREC検査の原理について教えてください。そもそも定量PCRを使って何をみるのでしょうか?
今井 簡単に説明しますと、T細胞が作られる時、表面の受容体の遺伝子が一部切り取られ、環状遺伝子TREC(T cell receptor excision circles)となります。T細胞の分化・増殖により複製されず、安定して存在するため、新生T細胞のマーカーとして利用可能です。それを定量PCRを用いて測定します。SCIDの場合、TRECの低下が認められます。つまり、T細胞ができていないということになります。
一般に赤ちゃんではTRECの値は一番高く、成長とともに徐々に低下していきます。その値がほぼゼロということになれば、SCIDが疑われます。
遠藤 KREC(Ig Kappa-deleting Recombination Excision Circles)については、どのような状況だったのでしょうか?
今井 2007年、オランダのエラスムスメディカルセンターのJacques J.M. van Dongen先生のグループがKRECの論文を最初に発表しました。
当初はマススクリーニングについては考慮していなかったようで、B細胞の分裂のマーカーとして使えるのではないかという基礎的な論文でした。
その後、全国のXLA(X連鎖無ガンマグロブリン血症)の診断センターだった富山大学小児科(当時)の金兼弘和先生と相談して、B細胞のスクリーニングに使用できるのではないかということで研究がスタートし、新生児ろ紙血によるKREC定量法がB細胞欠損症のマススクリーニングへの応用が可能であることを2011年に論文化しました。
SCIDの治療方針
遠藤 スクリーニングで発見された場合、治療はどのような方針で進められていますか?
今井 本来は原発性免疫不全症(PID)に対しては遺伝子治療がベストだと考えています。海外ではADA遺伝子やγc遺伝子による遺伝子治療が行われています。さらに組換え活性化遺伝子であるRAG1遺伝子による治療がオランダで、またArtemis遺伝子による治療がアメリカで始まりました。世界では他にも複数の疾患が遺伝子治療が可能な状況になっています。
日本では、現在臨床研究も行われておらず、SCIDに対しては臍帯血移植を行うことになります。
遠藤 臍帯血移植の治療効果はどのくらいでしょうか。
今井 感染症がなければ9割以上は助かります。
SCIDに対する新生児スクリーニングの現状
遠藤 SCIDに対する新生児スクリーニングについて、まず、海外の状況を教えてください。まず、アメリカではどんな状況でしょうか。
今井 アメリカでは2018年12月には100%で新生児スクリーニングできるようになりました。2008年ウィスコンシン州でスタートしてから10年で100%となったわけです。
図1はSCIDを含む原発性免疫不全症候群(PID)のスクリーニングの状況をまとめたものです。TRECについて全土で実施しているのはアメリカと台湾です。
EUはTRECですが、現在はオランダ、ドイツなどで全土で開始されています。
スウェーデンなどではTREC/KRECで行われています。
韓国はTRECで、サムスン病院で実施しています。
中国も追い上げています。我々は重慶の先生とコラボしていますが、対応は速いです。
香港はTREC/KRECで開発しています。ベトナムでもハノイの病院を中心にTRECでスタートしています。インドはTRECでスタートしており、我々も協力しています。
日本のSCIDの新生児スクリーニングの現状
遠藤 日本のSCIDの新生児スクリーニングの現状を教えてください。
今井 愛知県がリードして4年前(2017年)にスタートしました。TRECによる有料任意検査で10万人が終わったところです。2020年度からKRECを追加し実施しています。その次が遠藤先生方の熊本県で、TRECで実施されています(図2)。また、一般社団法人CReARIDが千葉、埼玉などの病院でTRECの任意検査を行っています。
私たち東京医科歯科大学のグループはAMEDの助成を受けて、岐阜大学小児科教授の故深尾敏幸先生から岐阜県のろ紙血をお借りして開始しました。その後、北海道(札幌市以外)でも同じ装置を使ってTREC/KRECで2020年夏に開始しました。さらに同じ装置を大阪府に今年度納入し、夏に開始しています。大阪市は愛知県と同じ方法で大阪市立大学の濱崎考史先生が開始しています。
宮崎県、宮城県でもパイロット研究がスタートしました。岐阜県、新潟県、兵庫県、千葉県、佐賀県、愛媛県、鹿児島県、広島県などでも準備中と聞いております。
PID新生児スクリーニングコンソーシアム(PIDJ-NBSC)について
遠藤 免疫不全の専門家の先生方がこの新生児スクリーニングにどうかかわっているかを教えてください。
今井 現在、AMED-PID-NBS研究班(今井班)として、AMEDから助成を受けている15施設があります。図3の緑色の施設です。
北海道大学、東北大学、筑波大学、東京医科歯科大学、防衛医大、成育医療研究センター、千葉こども病院、岐阜大学、名古屋大学、京都大学、島根大学、広島大学、佐賀大学、熊本大学です。
さらにPIDJ施設として厚労省研究班として研究しているところが11大学1病院あります。
北海道大学、東北大学、筑波大学、東京医科歯科大学、防衛医大、成育医療研究センター、岐阜大学、名古屋大学、金沢大学、京都大学、広島大学、九州大学です。こちらは免疫不全症の二次検査施設であり、臍帯血移植などが実施可能な専門施設です。各地域に1移設以上分布するように指定されています。こうした施設がハブとなって機能します。
さらに、日本免疫不全・自己炎症学会(JSIAD)が連携施設として100施設を指定予定で、現在81施設まで指定されています。こうした施設が各県1施設の診断拠点として設置されるように調整しているところです。診断の受け皿や治療施設として対応してもらうことを考えています。
遠藤 以前から免疫不全症の専門の先生方がネットワークを作って研究していることは知っていました。それが活きてきたような状況ですね。
今井 皆でボトムアップしている状況ですね。
SCIDの新生児スクリーニングについての今後の課題
遠藤 最後に公費負担についてお伺いします。公費負担で新生児スクリーニングをするというのはある意味ゴールではないかと考えています。このあたりはどうお考えでしょうか。
今井 厚労省母子保健課と相談した印象では、AMEDでエビデンスをしっかり出していただければ検討するといったことでした。
私の研究班は2021年度までの予定ですので、終了した時点でそれまでの全国のパイロット研究の成果を発表し論文化していこうと考えています。そうすれば20万人以上のパイロット研究での結果を公表できる予定です。
それをAMEDに報告して厚労省に議題として上げてもらい、課長通知という形でGOサインがでて、全国に広がっていき、全国の自治体が参加表明していくといった流れで、3年位で実施できるようにするというのが妥当な流れではないかと考えています。
遠藤 素晴らしいですね。今井先生のAMED研究の成果が大きいと思います。また、学会組織が最初からきちんとネットワークができていることも大切だと思います。日本にはいろいろな先進的な治療はあるのに、早期治療ができないのは非常にもったいないと思います。治療可能なら新生児スクリーニングを早期に実施するというのが原則だと思います。そういうことを是非普及していってほしいと思います。
ところで、脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)の新生児スクリーニングが千葉県で2020年5月に開始されました。その中心となっているのがちば県民保健予防財団 調査研究センター長の羽田明先生です。
兵庫医科大学小児科学教授の竹島泰弘先生のところでもSMAのパイロット研究が終わり、兵庫県内での新生児スクリーニングをスタートさせたところです。SCIDとSMAは新生児スクリーニングをする上で、同じろ紙を使うわけですから、こうした活動の拡大や普及を一緒にやっていくのは大事なことだと思います。これからのご活躍を期待しています。今日は貴重なお話をありがとうございました。
関連リンク:PIDJ-NBS PID 新生児スクリーニングコンソーシアム